オタクにならなければ、絶対に違う人生だった。
そもそも1人旅なんて、1人ご飯なんて、1人映画なんて、絶対にしてなかったと思う。
元々自分は超引っ込み思案だし、不安症だし、果てしなくインドアだ。
小中学生の自分に「おまえは1人で夜行バス・新幹線・飛行機を乗り回し、1人でライブに行き、1人で国内&海外旅行をし、日常的に1人で外食している」と言っても絶対に信じない。信じないどころか、あり得ない自分像すぎて怒っていたかもしれない。
初めての1人ライブ、1人新幹線、1人夜行バス、1人飛行機、1人ご飯、1人映画は、果たしていつだったか。
オタクになってからなのは確実だが、オタクになってすぐに1人で行動できていたわけではなかった。
繰り返すが私は超引っ込み思案だし、不安症だし、果てしなくインドアだ。
1人行動なんてした事なかったし、そもそも田舎すぎて1人で普通の電車・バスすらも乗った事がなく(車・自転車移動)、世の中の仕組みが分かっていなかった。世間知らずすぎて、1人で行動するの怖かった。
私が初めてライブに参加したのは2014年の12月、関ジャニ∞のライブだ。
友達がファンで、その子が取ったチケットを譲って貰った。それまでずっと「ライブに行ってみたい」と思っていたが、
チケットをどうやって買うのか(ファンクラブにどうやって登録してどうやって支払うのか)
都会までどうやって移動するのか
切符をどう買うのか
ライブ会場までどうやって行くのか
当日はどういう流れで何時に何をしないといけないのか
等々、今となれば全く難しくない事なのだが、当時はスマホどころかガラケーも持っていなかったし、前述の通り1人で電車に乗った事もないし、現金以外での支払い方法も知らないので、「ライブに行く」という行為はかなりハードルが高かった。
そんな時に友達にチケットを譲ってもらうことになり、自分にとって難しい作業や手続きを全て代わりにやってもらえた事で、晴れて「初参戦」が決まったのだ。
事前準備としてインターネットでライブ中のマナーやルール、アンコール文化などを調べてた。あと友達からライブ中はみんな有料のペンライトを必ず持つことを教えてもらい驚いた。必要経費はチケット代と交通費だけではなかっのか。なおペンライトは友達が過去に購入したものを貸してくれた。ありがたかった。
当日は最寄駅に集合し、そこからの移動等は全て友達が引率してくれた。
友達は普段学校では見ないようなキラキラとしたメイクと可愛いヘアアレンジをして、メンバーカラーのお洋服を着ていた。とびきりおしゃれで、「これが参戦服というやつか!」と驚いた。
詳細は思い出せないが、会場まで行きグッズ購入を済ませた後、近くのイオンで軽食を取り、会場に入った。ドームだったがセンステ間近の良席だった事もあり、想像以上に楽しかった。
この時の経験により、「ライブって普通に行けるんだ」ということと、「ライブ楽しすぎる!」ということに気付き、これを皮切りに在宅オタクから現場参戦系のオタクへと進化し、それまでと全く別の人生への扉が開いた。
当時は自分の中で歌い手全盛期だった。上記のライブから帰ってきてTwitterを見たら「XYZツアー」のチケットが先着で販売されているのに気付いた。
一度ライブ参戦を経験し、行こうと思えば行けるものだと知った私は、同じく歌い手好きの友達を2人誘い、すぐにチケットを取った。
2人ともライブ未参戦の子だし歌い手に対する熱量も私より低かったが、チケット代が手数料も込みで約3千円と安価だった事と、チケット取得の手続きを私がやるという事で、好奇心で付いて来てくれた。
当時の歌い手はファンクラブなんて無かったので、イープラスで買った。
なお会場はZepp nagoyaで、所謂ライブハウスは参戦したことが無くスタンディングライブに自分が耐えられるのか心配だったので、二階の着席指定席のチケットを取った。
今思うととても珍しい事だが、このライブの時は席に着いたらスタッフに声をかけられ「席をチェンジしないか」と提案された。提案されたのは何列か前の席だったので、断る理由が無く、座席番号が書かれた普通の紙切れを受け取って、座席移動をした。
結構謎な出来事だが、そもそも当時は二階席が半分も埋まってなかったのと、関係者の座る場所とかの関係で席移動を提案されたのではないかと思う。
そんな事もありつつ、初めて自分でチケットを取ったライブもとても楽しく、ライブハウスの仕組みや雰囲気も理解し、「次は一階のスタンディングのチケットを買ってみよう」と思いながら帰った。
こんな感じで私のライブ参戦人生が始まったが、ここから3年くらいは毎回2人以上で参戦していた。なので移動も2人だし、ライブは好きだったが、1人で行くのはまだ不安があったし、1人行動をしたことが無いので1人で参戦するイメージも湧かなかった。
転機は2018年。
いつも一緒に行っていた友達の熱量が落ちた。厳密に言うと遠征が必要なライブが多く、完全に飽きたわけではないが金銭的な事も踏まえて「しばらく現場参戦はパスする」と言われたのだ。
当時は割と焦り、なんとかならないか交渉したが、無理だった。今思うと一緒に行動してた友達が飽きたり熱量が落ちるのは普通のことなのだが、いかんせん、当時は1人参戦は考えた事が無かったのでとても困ってしまった。
Twitterで繋がっている人を誘ってみようかとも一瞬思ったが、あまり深い関係性の人はいないし、色々な事に気を違う事を考えるとやっぱりリア友が良かった。
結局、当時マックスで熱量高い自分にとって行かない選択をすることは出来ず、かなり不安ながらに1人で参加する事にした。
人生初の1人参戦&1人遠征。2days。
なんか運が悪く、ライブ直前に扁桃周囲膿瘍になって普通に死にかけた。なんとか動けるようにはなったものの、当初の予定通りでの行動は難しいと考え、ライブ参戦だけに絞った。余分に一泊して次の日観光した後に夜行バスで帰る予定だったけど、宿泊と夜行バスを辞めて当日中に帰った。
一泊取り消すことはチェックインの時に言ったので当たり前にキャンセル料を払うつもりだったが、理由を聞かれて体調不良だと伝えたら、キャンセル料はいらないですよと言われた。今でもあの優しさを思い出す。初1人遠征色々とボロボロだったが、優しいホテルスタッフのおかげで楽しめた。
初1人飛行機はいつだったかなぁ。でも路線は確実に神戸→羽田。スカイマーク。神戸初のスカイマーク、時期によるけど基本新幹線より安い。少しでも遠征費を抑えようと色々調べた結果、ぬるっと1人飛行機を解禁していた。
初1人映画はFree!。入場特典の回収をするために何度も観に行こうとすると、必然的に1人で行くしかない。1人映画をするようになったのも、結局はオタクだったからだ。
でもそれでも1人ご飯だけは、周りの目線が気になって苦手だった。ガンガン1人遠征し始めても1人ご飯はほぼしてなかった。ラーメンも難しかった。
これの転機はコロナ。せっかく時間もあるしもう少しで離れる神戸を楽しみたかったけど、当時は誰かを誘うのが本当に難しくて。
色々考えたけど残りの時間も少ないし、腹を括って1人で外食するようになった。(毎回事前にリサーチしてどんな雰囲気の店かは必ず確認してたけど)
最初はドキドキしたけど、すぐ慣れた。お陰で東京に来た今も1人で外食しまくっている。食べたいご飯を食べたい時に食べられて、すごく幸せだ。
1人〇〇が全く出来ないままの人生だったら一体どうなってただろうか。
でももしその世界線だったら、多分、既に結婚してた気がする。今とは全く違う世界の見方をしていただろうし、全く違う幸せがあって、全く違う不幸があったと思う。
そう思うとやっぱりオタクになったのは(なってしまったのは)人生において大きすぎるターニングポイントだったと思う。
